【50周年記念コラム】競馬エイト・吉田均TM~50年の想い

2021.5.14 12:00更新

関東競馬エイト・吉田均トラックマン

 21才にアルバイトで入り50年。入社すれば競馬場に行けるだろうという安易な考えだった私が、まさか今の年齢までトラックマンをしているとは当時は夢にも思わなかった。

 第1号の発刊前は馬柱の制作で深夜まで働いてタクシー帰りをしていたのが懐かしく思い出される。それからトラックマンとして現場(当時はトレセンがなかったため東京競馬場)に出て、当時の田所先輩に一から徹底的に教え込まれた。当時は給料も安くお金がないため、よくごはんをおごってもらったものだ。東京競馬場の近くでスナックをやられていたので、数年前までは打ち上げの2軒目によく通わさせていただいた。本当に公私でお世話になった大先輩だ。

 ちょうど競馬ブームになり始めの頃で、田所先輩が体の調子を悪くされ、ラジオのパドック解説に代打として出演することになった。当時はたばこも吸うし、カラオケも歌いまくっていると声のトーンが変わってしまった。ところが「声がいい」と言われ、それを続けているとフジテレビからメインの解説をやらないかというおはなしがあり、テレビにスイッチすることになった。まさか自分の顔がテレビに出るとは思わなかったので、最初の緊張感は半端なかったのを覚えている。トントン拍子できていると思われるかもしれないが、恵まれた時代で波に乗れたというのが正直な感想だ。

 また時計班ということもあり、調教で走る馬を見つけるというのが日課のようになっていた。自分はどちらかというと中穴狙いなので、調教で注目した馬が馬券になると、本当にうれしいし、懐は温かくなるしで快感だった。テイタニヤ(1976年の桜花賞、オークス馬)、サクラショウリ(1978年の日本ダービー馬)を見つけたときは感動してパネル写真の応募をして(笑)それは今でも持っている。

 これまでいろいろあったが、体が健康で声の張りもある。まだまだ私のトラックマンとしての挑戦は続く。

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吉田均(よしだ・ひとし) 関東エイト時計班 

調教・前走・馬場

中穴

馬単

プロフィル

1949年生まれ、東京都出身。エイト発刊当時から業務に携わる。長年にわたって本紙予想を担当し、テレビなどメディアにも多数出演。現在も現役TMとして美浦や競馬場で取材を続ける。東西TMの最年長。

予想スタイル

常に人気馬の死角に注目して、調教、近走の内容、舞台適性なども考慮して穴馬を探す。配当面では馬単で50~100倍を狙う中穴狙い。

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