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2021.3.20 05:00

日本一の「相馬眼」ダービー制覇叶わぬまま…岡田繁幸氏死去

コスモバルクの顔をなでる岡田繁幸氏(2005年撮影)

コスモバルクの顔をなでる岡田繁幸氏(2005年撮影)【拡大】

 競馬界のカリスマ逝く-。競走馬の生産者で、ビッグレッドファームグループ代表の岡田繁幸氏が19日、北海道新冠町にある自宅で死去したことが分かった。71歳の誕生日だった。マイネル軍団の“総帥”として知られ、これまでに数多くの名馬を生産。類いまれな相馬眼の持ち主として日本競馬界の発展に貢献してきた第一人者だっただけに、その死が惜しまれる。

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 日本の競馬界に衝撃が走った。サラブレッド生産の第一人者として知られるビッグレッドファームグループ代表、岡田繁幸氏が19日午前8時30分頃、北海道新冠町のコスモヴューファーム内にある自宅で息を引き取った。死因は不明で、この日が71歳の誕生日だった。

 岡田氏は5年ほど前から体調を崩し、入院することもしばしば。何日間も食事が取れなかったこともあったという。一時は回復し、今年2月11日にビッグレッドファーム(北海道新冠町)で行われた種牡馬展示会には出席し、元気な姿を見せていたが、ここ数日は容体が悪化していた。

 馬を見る目(=相馬眼)には定評があった。生産牧場を営んでいた蔚男(しげお)氏の長男として誕生。日本大学獣医学部を中退して渡米し、本場の馬産を学ぶと、帰国後の1974年にビッグレッドファームを開設した。86年の日本ダービーでは所有馬のグランパズドリームが14番人気で2着。血統的にあまり評価されていなかった馬の素質を見抜いたことで、その相馬眼が広く知られることとなった。

 同年にはクラブ法人のサラブレッドクラブ・ラフィアンを設立。『マイネル』の冠名で走らせ、マイネルラヴ(98年スプリンターズS)などのGI馬を送り出した。2006年に同法人の代表を退いた後も、09年にマイネルキッツが天皇賞・春を制するなど、活躍は今も続いている。

 個人馬主としては『コスモ』の冠名で、地方競馬からのJRA挑戦も続けた。中でも有名なのが400万円で購入したコスモバルクで、ホッカイドウ競馬所属のまま04年の皐月賞とジャパンCで2着となるなど活躍し、06年にはシンガポール航空国際Cで海外GI制覇も成し遂げた。

 ホースマンとしての目標は、日本ダービー制覇だった。セールで高額馬を落札したり、海外から積極的に種牡馬を導入するなど、旺盛なチャレンジ精神の持ち主で、日本ダービーに38頭を出走させたが、その夢はかなえられなかった。

 ファンの間からは『マイネル・コスモ軍団の総帥』として親しまれ、競馬解説や予想でも人気を集めた。本紙でも14年からGI予想『相馬眼』を掲載。馬体面や走法を分析してヒットを連発するなど、鋭い予想を披露していた。

 なお、葬儀・告別式は家族葬として執り行い、後日改めてお別れの会を開く予定になっている。

【盟友ら偲ぶ】

 ◆マイネルキッツで2009年の天皇賞・春を制した国枝栄調教師 「お付き合いさせていただいてから長く、その思い出は尽きません。中央、地方の垣根を越えて大きな視点で競馬を考えてこられたホースマンで、生産界にこの人ありという存在でした。ご冥福をお祈りします」

 ◆マイネルキッツの主戦を務めた松岡正海騎手 「僕は繁幸社長に大きくしてもらったので…。一緒にダービーを勝つのが夢でした。あんなに馬に対して情熱がある人はいません。僕自身は何の恩返しもすることができませんでした。本当に無念です」

 ◆“マイネル軍団”初のGI馬マイネルマックスを管理した中村均元調教師 「調教師になって初めて北海道に行ったときに、ビッグレッドファームも始まったばかり。当時は小さな牧場でしたが、『競馬界を沸かそう』と意気投合しました。一代で牧場をこんなに大きくして、オーナーブリーダーとしては一番偉大な人。大恩人であると同時に戦友でした。仲間を失ってつらいです」

 ◆マイネルホウオウで2013年のNHKマイルCを勝った畠山吉宏調教師 「GIを勝たせていただいただけではなく、開業後の初勝利も重賞初勝利もラフィアンの所有馬でした。今の厩舎があるのも開業当初からバックアップしていただいたおかげです。突然のことで言葉が見つかりません」

 ◆コスモバルクで2006年シンガポール航空国際Cを制した田部和則元調教師 「岡田社長はホッカイドウ競馬が廃止の危機にあるときにコスモバルクを預けてくれ、地方競馬全体を活気づけてくれました。バルクで中央や海外に挑戦し、シンガポールのGIを勝てたことは大切な思い出。ご冥福をお祈りいたします」

【悼む 鈴木学】

 こんにちは。鈴木さんごめんなさい。インターネットをみる体調に成らず、予想ができません。思っていたより重症で申し訳ありません。

 岡田繁幸さんから14日に届いたショートメールを読み返している。今月初めに電話でGIレースの予想を今年も依頼したことへの返事だった。

 この時期になると毎年、腸の具合が悪化して体調を崩し「点滴でなんとか生きながらえている」と電話口から弱々しい声が聞こえてくるので、依頼の前に心配していることをメールで伝えていた。すると「お気遣いありがとうございます! お察しの通りです。恥ずかしながら、またやってます。助かりそうなのでホッとしています」と、笑顔の絵文字付きの返事が来た。

 その翌日かけた電話で「日本競馬にはなくてはならない方なので、お体ご自愛ください」と伝えると、「ありがとうございます」と張りのある声が返ってきた。それが、直接会話した最後になってしまうとは…。

 一緒に食事をした際の話題は競馬ばかり。名馬を生産し、種牡馬として成功させることに貪欲だった。そのために磨いてきたのが相馬眼。読者には「予想」という形でそれを伝えてくれた。2019年暮れのことだ。

 「これからは、培ってきたことを証明するため、息子と競ってでも『いい』と思った馬は自分で買う!」

 その宣言が結果として証明される前に旅立ったことが悔しい。合掌。(東京サンスポ・前レースデータ部長)

★きょう計17頭出走…20日に出走する岡田繁幸氏関連の所有馬は中山11頭、阪神3頭、中京3頭の計17頭。中山11RフラワーCのユーバーレーベンには、重賞制覇の期待がかかる。

■岡田繁幸(おかだ・しげゆき) 1950(昭和25)年3月19日生まれ。北海道出身。日大獣医学部を中退後、74年に競走馬の生産牧場、ビッグレッドファームを創設。86年に“マイネル”の冠名で知られるクラブ法人『サラブレッドクラブ・ラフィアン』を設立。馬体を吟味して購入した馬をハードトレーニングで鍛え上げて活躍させ、マイネル・コスモ軍団の“総帥”と呼ばれた。2013年の有馬記念で初めて本紙でGI予想。翌年から「相馬眼」のタイトルで数多くのレースを的中させた。