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2021.3.10 08:00

東日本大震災10年後の今~社台ファーム山元トレセン・上水司現場長に聞く

東日本大震災直後の山元トレセン。地割れが起こり、道路が波打つなど、被害の大きさがうかがえる(山元トレセン提供)

東日本大震災直後の山元トレセン。地割れが起こり、道路が波打つなど、被害の大きさがうかがえる(山元トレセン提供)【拡大】

 東日本大震災は、競馬界にも多大な被害をもたらした。国内最大のサラブレッド生産規模を誇る社台グループの競走馬育成施設、山元トレーニングセンターがある宮城県山元町は、震度6強を観測。当時から同牧場で働き、現場長の上水(うえみず)司氏(47)が9日までに本紙の取材に応じ、この10年間を振り返った。 (取材構成・板津雄志)

 馬たちの状態をチェックしていた午後、大きな横揺れが突然襲った。宮城県にある社台グループの競走馬育成施設、山元トレーニングセンター。未曾有の事態に関係者は戸惑い、馬のいななきが施設内に響き渡った。

 「立っていられないほどの揺れでした。外の状況を確認すると裂けた地面が波を打っていて、これはただ事じゃないと。走路にもひびが入り、停電、断水もした。敷地の低いところには津波で家が流れてきていた。馬も人も無事だったのは奇跡的だったと思います」

 今年1月、社台ファーム山元トレセンの場長に就任した上水司さんが、まだ調教主任だった10年前を振り返る。

 海岸線から1・5キロと近いが、高台にあったことで津波の直接的被害はなかった。それでも当時は約270頭もの競走馬が滞在。馬の飼料はたまたま数日前に仕入れていた。飲み水も大容量の発電機を調達し、井戸のポンプを稼働できたことで乗り切れた。次第に、社台グループの牧場や馬運車の運送会社などからも支援物資が到着。その一部は町内の避難所にも寄付された。

 ライフラインは確保できたが、山元から55キロほどの場所にある福島第1原発の事故で事態が急変した。他牧場などの協力も得て、1週間後の3月18日までにほぼ全ての人馬が各地に避難した。業務を再開できたのは2カ月後の5月20日だった。

 その間、海外から吉報もあった。社台ファーム生産馬で山元に何度も滞在したヴィクトワールピサが当時の世界最高賞金レース、ドバイワールドカップを日本馬で初めて制したのだ。上水さんは避難先の千葉県・大東牧場で深夜に一人、テレビ観戦。「ヴィクトワールピサは山元と角居厩舎を行ったり来たりしていて、思い入れ深い馬でした。本来なら僕も一緒にドバイへ行く予定でしたが、日本で応援。勝った時は本当にうれしかった」と、快挙に勇気と元気をもらった。

 あれから10年がたつ。津波で流された最寄りのJR坂元駅が場所を内陸側に移して建設され、2016年12月には常磐線が復旧。防潮堤も完成し、線路、道路も津波に備えて高い位置に造られるなど復興は進んだ。そんな折、2月13日に震度6弱の地震がまた施設を襲った。幸い、競走馬の調教は行えているが、建物にひびが入るなど修復しなければならない場所がたくさんあるという。

 「10年前を忘れてはいけない。この前の地震はその警告だったのかもしれません」

 大震災の経験を伝えていくことが今後、災害が起きたときの苦難を乗り越えていく力になる、と上水さんは捉えている。

★山元トレーニングセンター
 国内最大のサラブレッド生産牧場を持つ社台グループが東日本の前線基地として、宮城県山元町に構える競走馬のトレーニング施設。休養馬の調整や、デビュー前の馬の育成などを行う。敷地面積は62ヘクタールで、全長900mの坂路コースや、1100mの周回コースなど、全国屈指の設備を誇る。過去にダイワメジャー、ヴィクトワールピサ、ネオユニヴァースなど、多数の名馬がここで調教を行っていた。震災当時は社台ファームとノーザンファーム(福島県天栄村に移動)が使用していたが、現在は追分ファームと施設を共用している。274頭を収容可能。

■ヴィクトワールピサ 2007年に北海道千歳市の社台ファームで生まれ、09年に栗東・角居勝彦厩舎からデビュー。10年春に皐月賞を制し、同年秋には凱旋門賞挑戦(7着)。その年末には有馬記念を勝った。その後は山元トレセンで英気を養い、翌11年2月に中山記念を勝って再び海外遠征。当時の世界最高賞金(1着600万ドル=約4億8000万円)だったドバイワールドCを日本馬で初めて制した。

★逆境から名馬に
 山元トレセンで被災した馬には、のちのGIホースもいた。社台ファーム生産馬では当時3歳だったトーセンラーが有名。震災後2年勝てなかったが、2013年秋のマイルチャンピオンシップで悲願のGI制覇を飾った。当時は未勝利だったローマンレジェンドもその後にダート路線で才能開花し、12年暮れの東京大賞典(大井)を制した。施設を供用していたノーザンファームの生産馬の中にも、約3カ月後の安田記念を勝つリアルインパクトがいた。

★今年2月にも福島競馬場が地震被害
 福島競馬場は東日本大震災の影響で5階の天井が崩落、スタンド前面のガラスが落下するなど甚大な被害を受けた。JRAは大規模な復旧工事とともに、芝コースの張替など原発事故に伴う放射性物質の除染作業も徹底して実施。2012年4月7日に約1年半ぶりの競馬開催を行った。

 しかし、今年2月13日の福島県沖地震で、再び6階の天井が破損するなどの被害が発生。安全点検および復旧工事に時間を要するため、4月10日からの開催は新潟に変更された。

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