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2020.2.9 05:00

「剛腕」郷原洋行さん死去 騎手時代2度のダービー制覇

平成初のダービーはウィナーズサークルでV。芦毛馬、茨城県産馬はともにダービー初制覇だった

平成初のダービーはウィナーズサークルでV。芦毛馬、茨城県産馬はともにダービー初制覇だった【拡大】

 騎手時代にダービー2勝を含む1515勝を挙げ“剛腕”の異名をとった元JRA調教師の郷原洋行(ごうはら・ひろゆき)氏が1月31日、病気のため死去していたことが8日までに分かった。76歳だった。葬儀は近親者のみで執り行われた。

 昭和を代表するホースマンが旅立った。郷原氏は鹿児島・鹿屋市出身で1962年、中山・大久保房松厩舎所属で騎手としてデビュー。その力強い追いっぷりから「剛腕・郷原」と称され、67年には皐月賞をリユウズキで勝ちクラシック初制覇。その後も80年オペックホース、89年ウィナーズサークルでダービー2勝を挙げるなど第一線で活躍し、騎手会長の要職も務めた。JRA通算1万1906戦1515勝は歴代16位(当時は史上4位)。GI10勝を含む重賞83勝の記録を残した。

 93年に騎手を引退し、調教師へ転身。2000、01年の中山グランドジャンプを連覇したゴーカイなどを送り出した。11年に調教師を引退(2748戦104勝)。14年には長年の功績が認められ、“競馬の殿堂”顕彰者部門に選出された。

 喪主を務めた長男の正洋氏(48)=美浦・菊沢厩舎調教助手=は 「父が偉大な騎手といわれるようになれたのも、多くの方々の支えがあったからです。皆さまに感謝していますし、父も同じ気持ちだと思います。父を見て育ち、父の厩舎で調教助手として一緒に馬を育てられたことは、何よりの思い出です」と亡き父をしのんだ。

【競馬界悲しみの声】
 ◆柴田政人元調教師 「奥さんを先に亡くして、元気がなくなってしまったようだった。騎手になった頃からずっとお世話になった先輩。自分の前に騎手会長をされていた方で、人望もあった。少し早すぎます。残念だ」
 ◆岡部幸雄元騎手 「同じ中山競馬場育ちで、私がデビューした年(1967年)には既に大活躍していたので、憧れの先輩だった。レースでは剛腕というよりも気迫のすごさが印象に残っている。騎手会長としての功績も大きかった。お悔やみ申し上げます」
 ◆騎手時代の後輩で、開業時に郷原氏の管理馬を引き継いだ菊沢隆徳調教師 「僕らにとって、騎手時代はまるでラオウ(漫画「北斗の拳」のキャラクター)のような存在でした。自分が開業した際にはオープン馬も引き継がせていただき、感謝の気持ちしかありません」

関連

  • 郷原氏は1980年のダービーをオペックホース(左)でV。モンテプリンスとの激戦を制し、“剛腕”を誇示した
  • 2014年10月に行われたレジェンドジョッキーカップのレース後に記念撮影する(左から)郷原洋行元騎手、岡部幸雄元騎手、河内洋調教師、柴田政人元騎手、松岡正海騎手