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2019.6.5 12:21

【藤代三郎・馬券の休息(89)】今はなき競馬場について・その2松戸競馬スキャンダル(1/2ページ)

週刊Gallop誌上で好評連載中の作家・藤代三郎氏が、競馬にまつわる日常を氏のユニークな視点で綴る「馬券の休息」

週刊Gallop誌上で好評連載中の作家・藤代三郎氏が、競馬にまつわる日常を氏のユニークな視点で綴る「馬券の休息」【拡大】

 松戸競馬場は、松戸駅の前にある丘を開拓して作った競馬場であるから交通の便としては絶好の位置にあった。明治40年にできて、大正8年に千葉県船橋市の中山競馬場に移転するまでこの地で競馬が行われた。

 松戸で育った浅野靖典が「競馬ワンダラー」でこの競馬場の跡地をめぐる回で、馬頭観音を発見するくだりはいまだに覚えている。しかし、松戸競馬場はいろいろ問題があったようで、まず劣悪の競馬場であったという。たとえば、コースは丘の上の狭い土地を開拓したもので、騎手にとっては厄介な難コースであり、厩舎は急造バラックで、わずか30頭を収容する建物が一棟あるだけ。他の馬は野外繋留だから、雨でも降れば濡れっ放し。さらに、観客席もひどい作りで、人々の昇降もしくは動揺にあたってはミシミシと音を立てて揺れる始末と、当時の新聞では辛辣な批判が加えられている。

 たとえば当時の雑誌には、次のような一文が載ったという。『競馬専門誌80年の歩み』(昭和63年刊)の中に、大正7年の「馬之友」からの記事が引用されているので、それを引く。

 記者は最終の日曜日即ち去月24日の上野駅発九時三十何分かの汽車で出かけたが乗客の大半は松戸行きの人許りでどれもこれも気焔萬丈当るべからざるものがある。談中の一、二に曰く「松戸は第一あの馬場が面白い。アレに味がある、馬や騎手は見る必要なし全く運だよ」と前日の当り屋らしいのがいへば、「いやそうでもない馬も大に見なくちゃいけない。あの馬場で充分足を出すには凡馬や凡騎手では駄目さ、今日は一トつ大に研究して当ててやろう」と福引券を財布から出して勘定し始めるのである。

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