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2019.2.22 05:02

【さらばホースマン(4)】伊藤正徳師、“伊藤流”51年の集大成(2/2ページ)

騎手時代の伊藤正徳調教師(手前左)が尾形藤吉調教師(同右)に指導を受けるシーン。右後方は30代の水戸記者 (伊藤正徳調教師提供)

騎手時代の伊藤正徳調教師(手前左)が尾形藤吉調教師(同右)に指導を受けるシーン。右後方は30代の水戸記者 (伊藤正徳調教師提供)【拡大】

 今でも年に一度は集まるという“花の15期会”の仲間、そして後輩たちと縁に恵まれた半生で、忘れられないのが2003年&07年の中山記念をローエングリンで勝つなど活躍したまな弟子・後藤浩輝(元騎手)のことだ。15年2月にこの世を去って間もなく4年がたつ。「今でも、スッと厩舎玄関を開けて入ってきそうな気がするときがある。うちの子供たちとみんなで食事していたときのことなんかを思い出すんだ」と懐かしむ。

 さまざまな経験を味わったこの世界。「騎手になったときも、レコードを出したとき(80年には『おれでよければ』が10万枚のヒット)もそうだけど、おれは結構成り行き人生なんだよ」と笑うが、与えられた道を“おれでよければ”と伊藤流でひたむきに歩んだ51年間だった。 (内海裕介)  =おわり=

 ◆同期の岡部幸雄氏 「同期で最初のダービージョッキーだからね。あのときは同期がみな、次は自分だと刺激を受けたんじゃないかな。調教師になってからは(騎手として)少しでも力になれればという気持ちで接したけれど、ローエングリンなどを依頼されたのはいい思い出。長い間、お疲れさま」

★同期の2人へ

 伊藤正師は同期の好敵手についても振り返った。「みんな逆に思っているようだけど、岡部が努力の人、柴田は天才肌、というのが本当なんだ」と分析。「酒量がかさんで体調に問題があっても結果を出してしまうのが政人。落馬で大けがをした後の、幸雄のリハビリなどに時間をかける様子には頭が下がる。でも、競馬に向き合う姿勢は二人とも実に真摯(しんし)だった」と述懐した。

伊藤 正徳(いとう・まさのり)

 1948(昭和23)年10月22日生まれ、70歳。北海道出身。68年に東京・尾形藤吉厩舎所属で騎手デビュー。77年にラッキールーラでダービーを勝つなど通算2115戦282勝。87年に調教師免許を取得し、翌年に開業。JRA通算6167戦518勝。重賞はGI2勝を含む22勝。

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