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2019.2.13 13:16

【佐藤洋一郎・馬に曳かれて半世紀(73)】30年の時を超え花開く一流女性騎手 奇跡を起こせ!!欅の杜のナナ不思議(1/2ページ)

フェブラリーSでGI初騎乗を迎える藤田菜七子騎手。30年の時を超え、一流女性騎手の系譜が花開くときが来た

フェブラリーSでGI初騎乗を迎える藤田菜七子騎手。30年の時を超え、一流女性騎手の系譜が花開くときが来た【拡大】

 新潟では杉と男は育たないすけ~。

 夏競馬の取材で新潟に長期滞在しはじめたころ、町のいたるところで、屈強(?)のオバさんやオネエさんたちに息巻かれた。

 はじめは男の軟弱さ、だらしなさを言っているのかと思った。がしかしそれは、杉が育たない気候風土が、男の子(幼児)の生命を阻害して夭折させてきた史実をふまえての、強くならざるをえなかった女たちの嘆き節だった。そんな愚痴をこぼしつつ、宿の女将も居酒屋のママも記者室詰めのパート嬢も、漁村の理髪店主も、昭和の新潟美人はみな一心不乱、かつ余裕しゃくしゃくと働いていた。

 平成最後の年の某日、浦和競馬の某調教師の祝宴に招かれて酔いが回り、ちょっと口が滑った。

 JRAに外国人騎手はズンズン育つけど、土屋薫のような騎手は…まず育たない!

 父が土屋登調教師、姉千賀子も調教師という浦和の競馬ファミリーの次女薫は、1978年5月に地元浦和からデビューし、83年秋に大井に移籍した。この年か翌年だったか、大井競馬場近くの喫茶店で土屋薫騎手をインタビューした当時のことを思い出し、つい「女は育たないJRA!」とわめいた。

 土屋は胴白、左青襷、袖赤の勝負服で現れ、「毎朝3時過ぎから7~8頭の攻め馬(調教)を終えて、競馬場(ときには浦和や船橋にも)に行く…」といった、超ハードな日常と、アメリカに行く夢などを、控えめながら手際よく話してくれた。寝不足(たぶん)にもかかわらず、愛くるしい瞳がキラキラ輝いていたのに胸を打たれた。その翌年渡米(ケンタッキー・マクファーレン厩舎)し、1986年初勝利、91年、年間騎乗記録1053戦110勝、2着102回を達成し、92年8月に引退。米国通算成績2732戦263勝、2着286回、3着27回という戦歴を残している。引退後は落馬事故などで半身不随になった騎手仲間を支援するチャリティーイベント(PDJF)、Jokeys and Jeansなどに参加している…。

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