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2018.8.7 15:28

「的場文男の哲学」オピニオンサイトiRONNAで特集!

ゴーディーに騎乗する的場文男騎手=2018年5月、大井競馬場

ゴーディーに騎乗する的場文男騎手=2018年5月、大井競馬場【拡大】

 「明日2つ勝てたら夢みたいな話だね。そしたら胸を張って佐賀に帰れる。でも、ダメだったらこうして帰らなくちゃいけない」

 8月2日。猛暑の中、大井競馬場(東京都品川区)で8鞍もの騎乗を終えた61歳の騎手、的場文男は、胸を張ったりすぼめたり、おどけたジェスチャーを加えながら集まった記者らに心境を吐露した。

 自身が所属する大井競馬場で、地方競馬の最多勝記録7151勝を更新することにこだわっていた的場は、7月31日の初日から計33鞍に騎乗した。だが、記録更新まで残り2勝で迎えた8月3日の最終日は結局勝鞍を挙げられず、レースで「1勝」することの難しさを物語っていた。記録更新は招待レースが行われる8月5日の佐賀競馬、6日から7日の浦和競馬などに持ち越される。ただ、的場にとって佐賀競馬場(現在は佐賀県鳥栖市)は特別な思いがある。

 「佐賀競馬場は幼いころの憧れの地ですよね」。今年5月のインタビューで的場は、佐賀競馬が原点であることを強調していた。佐賀競馬場や競馬そのものとの関わりは、戦時中、的場の父が騎兵隊に所属し、終戦を宮崎で迎えたことにさかのぼる。父が馬を一頭連れて帰り、その馬で木材を運ぶ仕事を始めたという。「親父は馬乗りが上手くてね。『おふろうさん』と呼ばれる神社(風浪宮)のお祭りで、流鏑馬もやっていましたよ」と目を細めた。

 的場は7人兄弟の末っ子として福岡県大川市で生まれた。叔父が馬主で、4歳年上の兄が佐賀競馬の騎手を務めていただけに、幼いころから競馬が身近にあった。父が馬主になったのは的場が中学生の時だった。ゆえに頻繁に佐賀競馬場(当時は佐賀市)に足を運んだという。そして14歳の時、的場は騎手を目指して上京、中学を転校して小暮嘉久厩舎に入門した。

 「小暮先生は馬に対して負担がかからない乗り方を教えてくれました。40歳ぐらいまでが一番乗れた時期かもしれない。本当に馬に負担をかけないでね。体も柔らかいし。もう歳をとったからね。姿勢も崩れてきて、ダンスみたいになっちゃって。『的場ダンス』なんて言われるようになったけど、もっとピシッと若いころはきれいに乗ったよ」

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