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2021.2.28 17:41

蛯名正義が34年の騎手生活に別れ 引退式で涙「調教師・蛯名を応援していただけるように頑張ります」

最終レース後に行われた引退式で、ファンへのメッセージを伝える中、目に涙を浮かべる蛯名正義騎手=中山競馬場(撮影・菅原和彦)

最終レース後に行われた引退式で、ファンへのメッセージを伝える中、目に涙を浮かべる蛯名正義騎手=中山競馬場(撮影・菅原和彦)【拡大】

 “エビショー”や“勝負師”の愛称で親しまれた蛯名正義騎手(51)=美浦・フリー=が、28日の騎乗をもって34年の騎手生活にピリオドを打ち、静かにムチを置いた。中山最終レース終了後のパドックで引退式が実施され、松岡正海騎手から花束を渡され、さらに武豊騎手からのメッセージ動画も放映。無観客競馬の中での引退式となったが、その模様はJRA公式YouTubeチャンネルでライブ配信された。

 蛯名騎手は「あすから調整ルームのサウナに入れないと思うとすごくさみしい気持ちです。デビューしたのも卒業するのもこの中山で、最後にいい競馬もさせてもらって、いい競馬場だったと思います。負けてる方が印象が強くて、1.1倍のマンハッタンカフェで日経賞を負けたときに、抜け殻のようになっていた自分が印象に残っています。調教師としてはたくさんのファンに愛されるような馬主さんにも喜んでいただけるような、騎手時代にできなかったこともできるような馬づくりができればいいなと思います」と別れを噛みしめるようにコメント。

 最後はマスクをとりファンに向けて「この場を設けていただいてありがとうございました。騎手・蛯名正義を応援してくれてありがとうございました。ファンのみなさまの応援に励まされ、勇気づけられた騎手人生でした。矢野進調教師ら関係者のみなさま、友人、たくさんの方々にお世話になりました。それと、家族、どんなときも支えていただいて、頑張ってこれた騎手人生だったと思います。感謝しております。そして騎手仲間、先輩、後輩、同期、ほんとに楽しく頑張ってこれた騎手人生でした。あしたから調教師として出発します。騎手・蛯名を応援していただいた以上に、調教師・蛯名を応援していただけるように頑張ります。本当に長い間ありがとうございました!」と涙ながらに蛯名騎手らしく熱いあいさつをし、騎手人生に別れを告げた。

 1987年3月1日の中山5Rで初騎乗(アイガーターフ14着)、同年4月12日の中山4Rで初勝利(ダイナパッション)を挙げた蛯名騎手。92年に当時GIIIのハンデ戦だったフェブラリーハンデキャップ(ラシアンゴールド)で重賞初勝利を飾るなどコンスタントに勝ち星を積み重ねたものの、GIはデビュー10年目となる96年天皇賞・秋(バブルガムフェロー)が初勝利だった。だがそこからの勢いはすさまじく、98年にはエルコンドルパサーとのコンビでジャパンCを制すと、翌年の欧州遠征では同馬で仏GIサンクルー大賞を勝利、凱旋門賞では惜しい2着に健闘した。

 99年にウメノファイバーでオークスを、2001年にマンハッタンカフェで菊花賞、有馬記念を、02年に天皇賞・春を制覇。そして10年にはアパパネとのコンビで牝馬3冠制覇を達成し、13、14年にフェノーメノで天皇賞・春を連覇、14、16年の皐月賞(イスラボニータ、ディーマジェスティ)を制すなどJRA・GI通算26勝、海外でも前述のGIに加え、フジヤマケンザンで香港国際C(国際GII、現香港C)で、日本競馬史上初となる海外グレードレース制覇の偉業を成し遂げている。

 本日のラストデーでは2勝を挙げる千両役者ぶりを発揮し、JRA通算2万1183戦2541勝は歴代4位の勝利記録。JRA重賞はGI26勝を含む129勝だった。

 蛯名騎手はこれから調教師に転身する。騎手として2度の2着があったが果たせなかった、日本ダービー制覇と日本競馬悲願の凱旋門賞制覇。二つの夢は次なるステージに持ち越しとなる。名手がどんな馬を育て上げ、仕上げてくるのか今後も興味は尽きない。

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