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2019.9.11 12:02

【藤代三郎・馬券の休息(103)】スタートについて~忘れられないラガーレグルス(2/2ページ)

日本ダービー出走に向けてゲート審査されるラガーレグルス。結局不合格となり、本番にゲートインすることができなかった

日本ダービー出走に向けてゲート審査されるラガーレグルス。結局不合格となり、本番にゲートインすることができなかった【拡大】

 あまりにスタートの悪い馬は、再審査となるが、伊藤秀樹『馬なりの人生』(日本能率協会マネジメントセンター/1992年)に載っているスターターの山内秀樹さんへのインタビューでは、その再審査の様子が語られている。微妙なときは調教師を納得させるのが大変らしい。「なんでダメなんだよ」とか「頼むよ」と言われても合格させるわけにはいかないから、苦労するようだ。

 この再審査に関しては、忘れられない思い出がある。ラガーレグルスだ。2000年のことだから、あれからそろそろ20年になる。皐月賞でゲート内で暴れた(結局は競走中止)ラガーレグルスはダービー前に再審査となった。その審査が、東京競馬場で行われたのだが、そのとき私は競馬場にいたので、いまでも覚えている。

 最初は無事にゲートを出たのだ。もうそれでいいじゃんと思ったが、再審査は終わらない。もう一度ゲートに入って待機。すると、心ないファン数人が傘で柵を叩きはじめた。それが影響したのかどうかはわからないが、ラガーレグルスは暴れて不合格。ダービーに出ることはなかった。

 この再審査の日のことが忘れられないのはラガーレグルスから降りた佐藤哲三が金網の前で騒いだ数人に走り寄ったからである。係員があわてて止めなければ、数人の客に殴りかかったかもしれないほどの怒りが、そこには充満していた。

 あのときの数人の客は、若者とも中年男ともネットで書かれていて、どういう人物であったのかわからない。指定席からの距離があったので正確ではないが、私には若者に見えた。私はいまでも時折思い出す。あのときの若者たちはその後、どういう人生を送っているだろうと。あれから20年近い歳月がたっているから、彼らも中年になっているはずだ。

 どういう人生を送っていて、何を思っているだろうか。

藤代三郎(ふじしろ・さぶろう)

 1946年生まれ。本名・目黒考二(めぐろ・こうじ)。明治大学文学部卒業後、76年に作家・椎名誠氏と書評誌「本の雑誌」創刊。ミステリーと野球とギャンブルをこよなく愛す。藤代三郎のほかにも群一郎、北上次郎など複数のペンネームを持ち、評論、執筆活動を幅広く展開。著書に「本の雑誌風雲録」「活字三昧」(いずれも目黒考二)や「冒険小説論」(北上次郎)。「戒厳令下のチンチロリン」や週刊ギャロップに創刊より連載している「馬券の真実」をまとめた「外れ馬券は人生である」などの“外れ馬券シリーズ”は藤代三郎として発行している。