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2019.8.14 12:02

【藤代三郎・馬券の休息(99)】札幌競馬場のこと・その1~終戦直後の進駐軍競馬(1/2ページ)

週刊Gallop誌上で好評連載中の作家・藤代三郎氏が、競馬にまつわる日常を氏のユニークな視点で綴る「馬券の休息」

週刊Gallop誌上で好評連載中の作家・藤代三郎氏が、競馬にまつわる日常を氏のユニークな視点で綴る「馬券の休息」【拡大】

 昭和21年7月4日、アメリカ合衆国独立記念日に際し、競馬を開催して占領軍将兵を慰安したいと考えた司令官スイング少将は、北海道庁の責任者を呼び、競馬開催を通告する。「戦時立法の競馬関係法規は廃案になって、今拠るべき法規がない。馬券のないお祭り競馬なら結構だが」と日本側が答えると「馬券がなければ面白くない。私が法律だ。私の命令である」と通告。結局、1日だけの開催ということで引き受けることになる。

 日本人の入場は3000人まで認める、というのが当初の計画だったが、二日前から前売り券を売り出すと用意した5000枚はあっという間に売り切れ。司令部が3000人の制限を緩和すると、当日の客は1万3000人に達する。

 その「進駐軍競馬」の様子を、『札幌競馬場100年史』(日本中央競馬会・平成19年刊)では次のように記している。

「しかし開催の本来の目的が大観衆のほとんどを占めたアメリカ将兵の慰安であり、星条旗とともに日の丸も掲げられたが、日本人観衆は3000人に制限された屈辱的な競馬でもあった。さらに馬券のトラブルがあり、アメリカ兵が銃を構えて警戒に当たるなど異様な雰囲気もあった」

 ここに出てくる「馬券のトラベル」については、道新スポーツ編『北の蹄音 ホッカイドウ競馬四十年史』(北海道新聞社・平成元年刊)に詳しい。

 その日の第1レースで1番人気のホロカツが勝ったのだが、その単勝配当を110円と発表したのである。ちなみにこの日発売したのは単複のみで、1枚10円(購入は何枚でも可)。それで1番人気が勝ったのだから、単勝配当が110円とはあり得ない。本当は11円であったのに、間違えて発表したのである。で、110円で払い戻しを始めたが、いくらなんでもおかしいと気がついて計算をし直し、間違いであることが判明したので、11円と訂正発表して、途中から正解額で払い戻しを再開したので大騒ぎとなった。

『北の蹄音』から引けば、

「ガラスが割られ、怒号が払戻所を包囲した。民主警察は無力であった。MPが出動、ピストルを構え、群衆と対した」

 そこに現れたのが、高木清だ。この日の開催は北海道庁から委嘱を受けて、北海道馬匹組合連合会(馬連)が、準備その他すべてを取り仕切っていたのだが、その馬連の畜産技師で、実質的な責任者である。

 高木技師は欠損を承知で一度発表した110円の払い戻しをすると言明し、騒ぎを収束させた。問題は、途中で訂正したとき11円の払い戻しを受けた十数名のファンが、じゃあおれたちにも110円の払い戻しをせよ、と要求してきたことだ。これが問題なのは、もう払い戻しをしてしまったので、証拠となる馬券がないことだ。そのために、申告してきたファンに証拠もないのに払い戻しをしなければならなくなってしまった。

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