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2019.7.10 12:02

【藤代三郎・馬券の休息(94)】サシウマ勝負は怖い~石月正広『競馬狂ブルース』の世界

週刊Gallop誌上で好評連載中の作家・藤代三郎氏が、競馬にまつわる日常を氏のユニークな視点で綴る「馬券の休息」

週刊Gallop誌上で好評連載中の作家・藤代三郎氏が、競馬にまつわる日常を氏のユニークな視点で綴る「馬券の休息」【拡大】

 石月正広の『競馬狂ブルース』全3巻は、平成9から11年にかけて刊行された競馬小説である。のちに文庫化されたが、いまでは文庫のほうが入手しやすいと思われるので文庫に際して改題された書名を書いておくと、『サシウマ勝負』『百発百中』『一騎討ち』だ。それぞれ描いている時代は、昭和43年から昭和46年、昭和49年から昭和51年、昭和56年から昭和57年である。私が競馬を始めたときとぴったり重なる『百発百中』が個人的にはいちばん印象深いが、ここで描かれている「サシウマ」がすごい。

 たとえば『百発百中』で行われるサシウマは、参加人数が18人。ルールは「1000円の人気順の5倍づけ」。つまり自分の指名した5番人気の馬が勝って他にその馬を誰も指名していなかったら一人勝ちになるので、1000×5×5だから2万5000円ずつを17人から貰えるのだ。たった1レースで42万5000円である。これは団体戦で、同時に行う個人戦(こちらは1対1の勝負)の相場は「5000円の人気順の5倍づけ」。団体戦は比較的上位人気馬を指名して、個人戦では人気薄を指名するのがこのギャンブルのセオリーだが、仮に団体戦と同じく5番人気馬を指名して相手に勝つと、5000×5×5なので、相手から12万5000円を貰うことになる。団体戦と両方を制すれば、55万円だ。これを12レース行うわけだから、ツイてなければ200~300万はすぐに吹っ飛ぶ。

 団体戦で勝ち馬を指名した人がだぶれば山分けだが、個人戦のほうは指名馬が重なればもう一度他の馬を選びなおす。レートが低い場合は1レースごとに負けたほうが支払うが、レートが高くなると最終レースが終わってから清算ということになるので、机上の計算が忙しい。財布の中には20万しかないのに、その時点の負けが600万、なんてことがあるのだ。

 おそろしいのは、『一騎討ち』で行われるサシウマで、単勝オッズそのものに相場の金額を賭けるのである。なんと、相場が2万でオッズの3倍づけというルールだ。さすがにでかいので参加したのは10人。それでも単勝7倍の馬が勝って一人勝ちだった場合、2×7×3だから、42万ずつを9人から貰うことになり、なんと総額378万。これが1レースに動く金額だから、とんでもない博打である。もちろん1レースごとに数百万円の現金が行き交うわけではなく、最終レース後の清算パターンだ。

 この場合は、主人公のキクが戦う相手が金貸しで、負けたら高い金利でいつでも貸しつけするという事情が絡んでいる。つまり、その金貸しのビリケンは、キクたちを潰しにかかったのである。ビリケンが負けるわけがないと思っていたことには事情があるのだが、読書の興を削いでしまうので、それはここに書かないでおく。

 実はこのサシウマを一度だけやったことがある。競馬狂ブルース第3巻『一騎討ち』を読んで、人気順ではなくオッズを掛けるのは面白いなと思ったのである。もちろんレートを思い切り下げた仲間うちの遊びである。相場を100円にして、それにオッズを掛けるだけ。つまり5倍の馬が勝てば500円もらえるというもの。これなら健全だ。平成9年の春の天皇賞の当日、京都競馬場にでかけた3人でやってみた。

 レートが低いと、誰も人気上位の馬なんて指名しない。勝たなくてもいいのだ。他の二人の指名馬よりも、自分の指名馬が一つでも着順が上であればいいのだ。3人の指名した馬が7着8着9着でも、自分の指名馬が7着なら総取りなのである。だから平気で単勝30倍とか50倍の馬を指名する。

 仮に単勝50倍の馬が他の二人の指名馬よりも着順が上だったら、5000円ずつ貰えるのである。相場が100円なら健全だろうと思っていたが、とんでもない。私、たちまち3万負けてしまった。「競馬狂ブルース」のメンバーなら途中でやめるのは許して貰えないだろうが、私らはただの遊びであったので、私がギブアップして途中で終了。それから以後、二度とサシウマ遊びはしていない。大変危険なので、このサシウマ勝負は注意されたい。

藤代三郎(ふじしろ・さぶろう)

 1946年生まれ。本名・目黒考二(めぐろ・こうじ)。明治大学文学部卒業後、76年に作家・椎名誠氏と書評誌「本の雑誌」創刊。ミステリーと野球とギャンブルをこよなく愛す。藤代三郎のほかにも群一郎、北上次郎など複数のペンネームを持ち、評論、執筆活動を幅広く展開。著書に「本の雑誌風雲録」「活字三昧」(いずれも目黒考二)や「冒険小説論」(北上次郎)。「戒厳令下のチンチロリン」や週刊ギャロップに創刊より連載している「馬券の真実」をまとめた「外れ馬券は人生である」などの“外れ馬券シリーズ”は藤代三郎として発行している。