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2019.4.3 12:00

【藤代三郎・馬券の休息(80)】競馬小説はフランシスだけじゃない国内編(2)油来亀造の世界(2/2ページ)

週刊Gallop誌上で好評連載中の作家・藤代三郎氏が、競馬にまつわる日常を氏のユニークな視点で綴る「馬券の休息」

週刊Gallop誌上で好評連載中の作家・藤代三郎氏が、競馬にまつわる日常を氏のユニークな視点で綴る「馬券の休息」【拡大】

 たとえば「切り札はZ!」という短編では、昭和五十七年の潮来特別から昭和六十年のダイヤモンドステークスまで、アラナスゼットという馬の同枠馬が必ず連に絡んだという話が綴られる。ふーん、そういう裏話をメインとする小説集なんだと思うと、次に人情話ふうの青春小説が続くのである。これがまた阿部牧郎の小説に味わいが似ていて、つまり下積みの庶民の哀感を巧みに描くのである。いまどき懐かしい味わいの小説を書く作家もいるものだ、と思っているうちに、徐々に油来亀造の世界に引きずりこまれていく。特に「平成四年のダビスタ」が秀逸で、これは競馬で知り合った男たちの友情の風景を淡々と描く短編だが、「ダビスタ」というゲームを軸に、競馬の奥行きの深さを実に巧みに描いていく。これを読むと、ダビスタを無性にやりたくなるのも困る。

 この文庫版解説で書いていないこともある。それは、10年間休んでいた私が競馬に復帰して毎週のように馬券を買うようになったころと、この二つの作品集の舞台が同じであることだ。だから、懐かしい名前が次々に出てくる。たとえば『グランプリで会おう』の「想い出に愛降る」は、1976年の秋天を勝ったアイフルを描く一篇だが、この馬の全成績を1ページを使って載せているから嬉しい。この馬はとにかく堅実に走った馬で、その全成績は〔1213108〕だ。43戦して4着以下になったことは、8回しかない。残りの35戦ですべて3着以内である。そのわりに1番人気になったのは12回しかない。1976年に秋天を勝ったときも4番人気であった。

 その前年の夏、アイフルは新潟競馬場でNST賞を勝った。そのとき私は、新潟の沖合に浮かぶ粟島にいた。浜辺でキャンプ飯の支度をしながら、ラジオで競馬中継を聞いていた日が懐かしい。その日、東京をたつときにアイフルの馬券を買ったので、レースを聞きたかったのである。その期待は裏切られず、見事にアイフルはNST賞を勝ったのだが、来年の秋天はこの馬だと、そのときに確信したことを思い出す。

 この『グランプリで会おう』には、あとがきがついていて、それを読むと、日本文芸社刊「競馬ゴールド」誌に連載された「亀造競馬劇場」の中から、いくつかの作品を選出して編んだものであるようだ。その連載は『グランプリで会おう』刊行後も続いていたらしく、『春が来た!』もその連載の中から編まれた本のようだ。

 そのあとがきのラストが素晴らしい。油来亀造は次のように書いた。

 「私の夢は、いつの日かすばらしい競馬小説をお書きになったあなたが、拙作に刺激を受けたとおっしゃってくださることです。その日が来ることを飽かずに夢見ています」

藤代三郎(ふじしろ・さぶろう)

 1946年生まれ。本名・目黒考二(めぐろ・こうじ)。明治大学文学部卒業後、76年に作家・椎名誠氏と書評誌「本の雑誌」創刊。ミステリーと野球とギャンブルをこよなく愛す。藤代三郎のほかにも群一郎、北上次郎など複数のペンネームを持ち、評論、執筆活動を幅広く展開。著書に「本の雑誌風雲録」「活字三昧」(いずれも目黒考二)や「冒険小説論」(北上次郎)。「戒厳令下のチンチロリン」や週刊ギャロップに創刊より連載している「馬券の真実」をまとめた「外れ馬券は人生である」などの“外れ馬券シリーズ”は藤代三郎として発行している。