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2018.9.19 11:50

【藤代三郎・馬券の休息(53)】レープロを活用せよ(1)1週で捨ててしまうにはもったいない企画満載

週刊Gallop誌上で好評連載中の作家・藤代三郎氏が、競馬にまつわる日常を氏のユニークな視点で綴る「馬券の休息」

週刊Gallop誌上で好評連載中の作家・藤代三郎氏が、競馬にまつわる日常を氏のユニークな視点で綴る「馬券の休息」【拡大】

 『サラブレッドの「秘密」』という小冊子がある。100ページ強の新書版だから、本というよりも小冊子といったほうがいい。

 中身は、第1部サラブレッドの見方、第2部サラブレッドの心と体、という2部構成で、初心者向けの入門書というよりも、もう少し立ち入ったことを知りたい人向けだ。

 たとえば、「パドックの動き」の項で、「踏み込みの深い馬」とは、後肢を一歩一歩できるだけ前に踏み出し、引き手を力強くぐいぐいひっぱって歩いているような馬、のことだと書いてから、こういう一文が続く。

「踏み込みの深い馬として、かつてはシンザンが有名であったが、最近の馬ではクロフネがあげられる。クロフネも残念ながら引退してしまったが、この馬の踏み込みの深さと常歩時のスピードの速さは、競馬関係者の間でも話題になっていた」

 初心者向けのガイドブックなら、ここまでの情報はいらないから、もう少し競馬を知ってもらいたいという思いが、この文章の背後にある。これは返し馬の項でも明らかだ。

「JRAの競走馬診療所の獣医群と私たちの研究所が共同で行った研究から、発走前の適度な返し馬が、競走馬のパフォーマンスを向上させることが証明されている」

 と書いた上で、いちばん有効な返し馬の強度は、ハロン17秒(秒速11・8メートル)で2ハロン(400メートル)以上であることが判明したと続けるのである。こんなデータは絶対に初心者向けではない。

 この小冊子、表面的には競馬全体を平易に説明するというコンセプトに基づいて作成されているが、詳しく見ていくと、このようになかなか面白い。

 紹介が遅れたが、これは「JRA創立50周年記念出版」と銘打たれて、2004年6月に刊行されたものだ。JRA競走馬総合研究所編、となっている(発行所も同)。定価がついていないところを見ると、競馬場で配られたものか、関係者に配布されたもの、そのどちらかだろう。私の手元にあるのは同年10月の第2刷だから、評判がよかったものと思われる。

 私がおやっと思ったのは、その巻末に次のような一文がついていたことだ。

「本書はJRA発行のレーシングプログラムの2002年1月14日号から2004年3月27日号までに掲載されたものを、加筆、編集したものです」

 そうか、レープロの連載をまとめたものだったのか。その途端、数年前の一時期、レープロの最終面に連載されていた企画を思い出した。その現物が出てこないので、記憶に従って書くしかないが、ようするに、昔の話である。著名人が、思い出の馬を語る企画ではなかったか。写真がセピア色だったことは鮮明に覚えている。途中でその企画に気がつき、全部集めようと思ったが、遡ることは出来ず、そのうちに集めたものも散逸してしまった。私は、馬でも人でも場所でも、そういうセピア色に包まれた昔の話が大好きなのだ。

 たとえば今年の七夕賞の日のレープロには「写真で見る福島競馬場 スタンドコースの変遷」という最終面が目を引いた。大正7年の第1回福島競馬の馬見どころ、なんていう写真が載っているから、私のような「セピア色」好きの人間にはこたえられない。「このとき競馬場の建設はわずか3カ月という短期間で行われた」とあるのだが、いったいどんなドラマがあったのだろうと想像するだけで楽しい。

 昭和2年の第2代スタンド、昭和33年の第3代スタンド、昭和44年の第4代スタンド、平成9年の第5代スタンドと、福島競馬場の歴代のスタンド写真が全部並んでいるのは壮観である。レープロに載ったのはこのときだけと思われるが、もったいないと思う。

 これを生かす手はないか。1ページだけでは小冊子にならないが、全国の競馬場で配布したレープロにはこういうその土地の競馬場の歴史を語る写真や文章がこれまでに何度も載ったはずである。それらをまとめて小冊子が出来ないだろうか。

 レープロは毎週消費されていくが、その中には1週限りで捨ててしまうにはもったいない企画が、これ以外にもたくさんあるに違いない。そういうものをきちんと残していくことも、私たちの役目なのだ、という気がしてならないと思うが、どうか。

藤代三郎(ふじしろ・さぶろう)

 1946年生まれ。本名・目黒考二(めぐろ・こうじ)。明治大学文学部卒業後、76年に作家・椎名誠氏と書評誌「本の雑誌」創刊。ミステリーと野球とギャンブルをこよなく愛す。藤代三郎のほかにも群一郎、北上次郎など複数のペンネームを持ち、評論、執筆活動を幅広く展開。著書に「本の雑誌風雲録」「活字三昧」(いずれも目黒考二)や「冒険小説論」(北上次郎)。「戒厳令下のチンチロリン」や週刊ギャロップに創刊より連載している「馬券の真実」をまとめた「外れ馬券は人生である」などの“外れ馬券シリーズ”は藤代三郎として発行している。