【藤代三郎・馬券の休息(43)】福島100周年~抽選賞品は安くても多くの人に出せば歓迎されるのに…

2018.7.11 12:26

 福島で最初に競馬が行われたのは明治20年。信夫山招魂社の祭礼において山麓に4ハロンの馬場を設けて洋式競馬を行ったのが福島初--というのは、レープロに書いてあった「福島競馬場100年史」からの引用である。それから明治30年まで、春秋二季に開催されたという。

 大正7年(1918年)に福島競馬場が開設され、それから今年で100年なのである。レープロには、「第1回福島競馬の馬見所」や、「昭和2年に完成した第2代スタンド」を始め、たくさんの写真が掲載されていて、まことに興味深い。

 私が初めて福島競馬場に行ったのは、1990年代の始めごろだろう。福島競馬場の旧スタンド最後の年、七夕賞ウイークに当時の競馬仲間である一郎セーネンと福島入りしたことがある。土曜は一般席で馬券を買ったのだが(障害戦のとき芝生に座って弁当を食べていたら大万馬券が飛び出して場内が騒がしくなったのを覚えている)、日曜は指定席に入るために朝早く競馬場にかけつけた。そのために土曜の夕方、福島駅近くの店で、木製の折り畳み椅子を購入。正式には椅子ではなく、たぶん園芸用品(つまり花瓶を載せる台)だったろう。長時間、立って待っているのは辛いので、そのために購入したのだが、満席になったあとに現れた地元の親父らしき中年男は「まだ8時前だよお、どうしてこんな早い時間に満席になるんだよお」と嘆いていた。第5代スタンドが完成したのは平成9年(1997)。スタンド内で携帯椅子の使用を禁じるという張り紙を見て、どうしてかなあ、床が傷つくからじゃないですかねえ、そんなバカな、と一郎セーネンと会話したのがつい昨日のことのようだ。一郎が係員に確認しに行ったら、「床が傷つきますから」と予想どおりの回答で、嘘みたいな話であった。

 パルブライトが函館記念を勝った日(1998年だ)も福島にいて、午前中にパンクした私は駅前の銀行までタクシーを飛ばした。当時は競馬場の中にも近くにもATMがなかったのだ。で、コワタコワタコワタと叫んだら、斜め前に座っていた中年のご婦人が不思議そうな表情で振り返ったのを覚えている。毎年のように福島競馬場に行っているのだが、いちばん覚えているのが他場で行われた函館記念というのは情けない。

 今年は100周年ということで、競馬場はにぎやかだった。特に、七夕賞ウイークは土曜にオジュウチョウサンが平地のレースに出走したので大変な盛り上がり。いろいろな催しもあったが、そのなかでもいちばん面白かったのは「WIN4」。9R彦星賞、10R天の川賞、11R七夕賞、12R織姫賞という4レースの勝ち馬を2頭ずつ指名して投票するという「福島競馬場100周年特別企画」だが、七夕賞を勝ったのが12頭中11番人気の(4)メドウラークだったから、当てた人ははたしているのか。一応賞品があって、A賞が「3万円分のギフトカード」、B賞が「オペラグラス」、C賞が「ハンカチセット」。これが3名、3名、4名と合計が10名しか当たらないのは考えものだが、当選者がいない場合の賞品がどうなるのか、それは書いていない。催し自体は面白くても、その運営に首をひねりたくなるのは、この「WIN4」以外に、七夕賞の日は「メインレース勝馬当て抽選会」と「100周年記念入場券抽選会」と、合計で3つも応募券が配布されたことだ。それぞれの催しに応募するためには、確定前の勝馬投票券を見せなければならないのだが、「WIN4」は1500円、「メインレース勝馬当て抽選会」は2000円、「100周年記念入場券抽選会」2000円と、なんとすべて応募するためには5500円分の馬券を買わなければならないから、びっくり。これ、高すぎませんか。

 「WIN4」は面白いので、出来れば500円くらいでやってほしい。すべての競馬場で開幕週の土日限定。競馬場に来た人だけのお楽しみ企画として定着すれば、開幕を待つ人が増えるかもしれない。そうか、夏競馬限定の企画としてもいいかも。賞品はテレビとかそんな立派なものでなくてもいいのだ。春の府中で、巾着袋を貰うために大勢の人が並んだ光景を思い出す。少ない人に高額の賞品を出すよりも、安いものでも多くの人に出せば、このように歓迎されるだろう。ダービー当日、200円のリボンを買うために行列が出来たことも思い出す。いちばんいいのは、トートバック。正解者がいない場合も、全応募者の中から抽選で配布するのがいい。

 「福島競馬場開設100周年記念」の切手シートも売り切れで買えず、入場ポイントで当たるサンダルも土曜1000人、日曜1500人に当たるはずなのに、行列に並んだ前後の人が当たっているのに、私だけが外れ。ツキのない私だからこそ、多くの人が当たるほうが絶対にいいと思うのである。

藤代三郎(ふじしろ・さぶろう)

 1946年生まれ。本名・目黒考二(めぐろ・こうじ)。明治大学文学部卒業後、76年に作家・椎名誠氏と書評誌「本の雑誌」創刊。ミステリーと野球とギャンブルをこよなく愛す。藤代三郎のほかにも群一郎、北上次郎など複数のペンネームを持ち、評論、執筆活動を幅広く展開。著書に「本の雑誌風雲録」「活字三昧」(いずれも目黒考二)や「冒険小説論」(北上次郎)。「戒厳令下のチンチロリン」や週刊ギャロップに創刊より連載している「馬券の真実」をまとめた「外れ馬券は人生である」などの“外れ馬券シリーズ”は藤代三郎として発行している。

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