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2018.7.11 12:25

【佐藤洋一郎・馬に曳かれて半世紀(43)】七夕にアゲヒバリ名乗りいで メドウラーク、歴史に名を刻む(3/3ページ)

スポーツ紙記者No.1の健筆家と謳われるサンスポ佐藤洋一郎記者が自身の記者生活の集大成として送り出す「馬に曳かれて半世紀」

スポーツ紙記者No.1の健筆家と謳われるサンスポ佐藤洋一郎記者が自身の記者生活の集大成として送り出す「馬に曳かれて半世紀」【拡大】

 約半世紀まえ、福島駅でタクシーに乗った。住所はわからないので、こう言えばわかると教えられていた旅館の名を告げた。

「ニワトリゴンゲンの佐久間旅館、わかりますか?」

 え?という感じで振り返ったドライバーの好奇の眼差しと「ケイバの人け?」という奇妙(に聞こえた)な声を思い出す。10分足らずで着いた「佐久間旅館」は、別棟に小さな道場を持った異色の宿だった。その道場主が佐久間オーナーで、なんと二刀流の師範でもあった。二天一流の開祖、宮本武蔵の流れをくむのかどうかは聞きそびれたが、その後も何度か通ううちに、長刀と小太刀の構え方や使い分け(小太刀は受け=防御主体)などの手ほどきを受けたことがある。

 高校から剣道を始めてすぐに初段を取り、2段昇格前の2年生のときに、先鋒に抜擢されて国体に出陣して2人撃破した。しかし中学時代から警察剣道で鍛えてきたという主将も副将も敗退し、がっかりして帰京したという武勇伝など話して目をかけてくれた。

 「にわとりごんげん(鶏権現)はすぐそこにあるよ。見てくっけ?」。女将(佐久間夫人)に言われ、痩せぎすだけど、お通(武蔵の恋人)より美人かも。娘は佐久間良子というより司葉子なみの美女だし…。

 自分が田舎者のくせに、村の鎮守の神様の~よりもっと田舎にしかない、聞いたことのない鶏権現(祠のようなもの)なんたるかを目撃し、その由来(子供の百日咳を鎮めたり治癒させたりするために祈念する場所。ニワトリのケケケという鳴き声を咳に見立てて?)を調べたりして、関東では知るよしもない東北、福島の古さ、広さ、その奥の馬と人の織りなす歴史の深さなどを思い知らされた。その伏魔殿ならぬ伏馬郷に誘ってくれたのが「相馬のコーゼン」「相馬のプレスリー」とも敬愛されていた甲冑競馬、神旗争奪戦の名手で、当時は東京競馬場でラッド(調教助手)をしていた生粋のフクシマ男児だった。

佐藤洋一郎(さとう・よういちろう)

 サンケイスポーツ記者。早大中退後、様々な職を転々とするなかサンスポの読者予想コンテストで優勝。71年にエイトの創刊要員として産経新聞社へ。サンスポの駆け出し記者時代に大橋巨泉の番記者に抜擢されたのが大きな転機に。季節・馬場・展開の3要素を予想に取り入れ数々の万馬券をヒットさせ、鬼才と呼ばれる。