【佐藤洋一郎・馬に曳かれて半世紀(39)】サートゥルナーリア快勝!公現祭の名のとおり、救世主が現れた

2018.6.13 12:00

 6月10日阪神5Rメイクデビュー(芝1600メートル、良)で、シーザリオの2016(父ロードカナロア、牡)が快勝した。馬体重488キロ、青毛の母ほどの光沢ではないが、威風堂々の馬っぷり、勝ちっぷり、Mデムーロ騎手の「最後は力が違った」というコメントにも大物感がただよっていた。馬名サートゥルナーリア(公現祭)とおりの救世主がついに“顕現”したか、これはヤバイ…。

 実は6月2日のPOGドラフト会議で、エピファネイア(英Epiphany=公現祭)に次いでまたしても“シーザリオ”をとり逃した。シーザリオは社台(サンデーサイレンス)系にしては珍しく“アメリカ”ンオークスに乗り込んで圧勝(4馬身)した快挙にほだされ、初子(1戦1勝)、2番子(繋靱帯炎悪化で不出)と指名してきた。まさかトップ指命はないだろうとウオッカに次ぐ2番手にしたら、なんと競合者が出現してジャンケンで負けた。

 今回もそのテツを踏むまいと迷い、前年のシーリア(牝)も体質的な弱点(産駒の半数にそうした心身両面のアブナさが潜んでいる?)を露わにして4戦1勝で早期引退しているだけに…と侮ったのが裏目に出た。慧眼の持ち主がいた。というより赤本とか青本とか、ちまたのPOG読本や参考書、アンチョコのたぐいでは「エピネファイア級」くらいの人気になっていたのかもしれない。Gallop誌の別冊「丸ごとPOG」を覗き見する程度で、その種の情報誌には目をくれない孤高(偏執的?)のPOGおっさんには、人気の序列、空気を読む能力が欠けている。いや、はじめは皆、ほとんどが損得、勝ち負けを気にしないで好き勝手にPOになったデイレッタント(好事家)だった。がしかし、結果的に大きな格差が生じはじめ、遊びやゲーム感覚抜きの勝つための方策をも試行錯誤するように様変わりしていった。まずポイントゲット要員として確実にデビューし、結果を出せそうな早期デビュー組を選別する。次に将来性(ダービーまで)のある素材、あとは交流戦にも通用しそうなダート巧者や牝馬…といった攻略ストラテジーが進化し、いまやその最先端をきわめつつある上位のトップランナー数人の攻防にもつれ込んでいる。つまり新たな格差が生じてきて、女性陣(7、8人)が撤退してゆき、早逝したり、高齢や病欠したりの空席も増えて、最盛期には40人超だった仲間が27人(ことしの新人は一人のみ)に減っている。「世界平和にもつながる親睦と絆の輪」という大風呂敷を広げ、老若男女だれでもいらっしゃいの“オールカマー”POGを立ち上げたオッサンにはちょっとさみしいが、これも時の流れ、変化と新生への過渡期の現象であると思えば、

 

 さよならだけが人生ならば、また来る明日は何になる。

 といった詩人の言葉にも揺り動かされる。それはおそらく、現存のPOGユーザーのなかでは最古にして最長キャリアに属するはずの、記者自身の来歴にも由来する。

 「永遠に成長し続ける組織、システムはありえない。あるとすれば癌細胞くらいのもので、それは成長、成熟、爛熟、腐敗…という死滅の道をたどる」

 劇作家ブレヒトの言葉を童話作家でもあったミヒャエル・エンデが引用したと記憶しているが、爛(乱)熟して自然崩壊していった痛々しい初代POGの末路を経験した。

 こうしたPOGの水面下で、若い世代による次元の違う新たな活動が芽生えていた。それは日本独自のサブカルチャー(漫画やアニメ、コンピュータゲーム、SF、ディスコ、アングラ…)の増殖、繁栄に便乗するかのようなパラレルランニング(併走)による「おたく文化」としての台頭だった。その特徴が、学者や専門家より素人として気楽に参画できるディレッタント(好事家)を寄せ集め、錬磨育成しつつ増殖する、癌細胞を持たない(?)組織が構築されていた。POGから足を洗ってから数十年も経って、その存在を目の当たりにし、若い馬友の要望にもこたえていた。類は友を呼びで、数年で40人を超える老若男女が集い、POGによる新たな馬友、親睦の輪は華やかに広がっていった…。

佐藤洋一郎(さとう・よういちろう)

 サンケイスポーツ記者。早大中退後、様々な職を転々とするなかサンスポの読者予想コンテストで優勝。71年にエイトの創刊要員として産経新聞社へ。サンスポの駆け出し記者時代に大橋巨泉の番記者に抜擢されたのが大きな転機に。季節・馬場・展開の3要素を予想に取り入れ数々の万馬券をヒットさせ、鬼才と呼ばれる。

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