【リレーコラム】東京サンスポ~「そっと辞めたかった」木幡初広騎手

2018.4.2 17:00

 3月31日をもって、JRA現役最年長だった木幡初広騎手(52歳)が34年間の騎手生活を終えた。1965年6月14日生まれで、福島県原町市(現・南相馬市)の出身。81年に馬事公苑長期騎手課程に入学した。中舘英二調教師や、谷中公一さんらが同期。美浦・稲葉隆一厩舎の所属で、84年3月3日の中山1R(エドワーズシチー2着)で初騎乗を果たし、待望の初勝利は同年5月13日の新潟1R、初騎乗で2着だったエドワーズシチーで挙げている。97年新潟記念(パルブライト)で重賞初制覇。JRA重賞は8勝を挙げているが、その他に2006年の交流GIダービーグランプリをマンオブパーサーで勝っている。

 丸34年の騎手生活で、JRA通算成績は1万2879戦784勝。騎乗数は歴代で21位だ。52歳まで現役を続けてこられたのは、けがに強い頑丈な肉体と負けん気、そして家族の支えがあったからだろう。

 長男・初也騎手(22歳)、次男・巧也騎手(21歳)、三男・育也騎手(19歳)がデビュー。彼らが徐々に軌道に乗りつつあるのを見届けて、引退を決断したようだ。先月29日の引退発表では、「52歳まで乗り続けることができたのは、関係者や理解のあるオーナーのおかげだと思っています。特に妻には感謝しています。妻がいなければ息子たち3人は騎手になっていなかったと思います。34年間の騎手生活はやりきったという思いがします。今後は、自分が勝てなかった(JRAの)GIを子供たちに勝ってほしいと願っています」とコメントした。

 ジョッキーとして最後のレースとなった3月24日の中山10R・春風S(1600万下、ダート1200メートル)はプレシャスエースで5着。有終の美は飾れなかったが、全力を出し切って引き揚げてきた木幡さんが、すがすがしい表情を見せていたのがとても印象的だった。

 ラストランの前に引退を発表すれば、多くのファンに別れを告げることもできたが、騎手・木幡初広にはその選択肢はなかった。もともと、派手なことを好まないタイプ。どちらかといえばぶっきらぼうで、初対面だと取っつきにくい印象がある。記者もこの世界に入ったばかりのときは、怖くて全然話しかけることができなかった。それでも何とか食い込んで、ときには怒られて、ときにはいじられて、存在を認めてもらうと少しずつ話ができるようになった。引退発表後、率直な感想を尋ねると、「本当はそっと辞めたかったんだ。時期が来れば(引退は)仕方がないことだからね」と話してくれた。

 すでに先月から杉浦宏昭厩舎の所属となっており、1日付で調教助手となった。トレセンの調教では、帽子の色も青から黒に変わる。しかし、土日の競馬に乗ることがなくなっただけで、生活スタイルは大きく変わらない。杉浦厩舎は調教師をはじめ、田面木博公調教助手、厩舎で最年長の津留千彰厩務員ら、騎手時代から気心の知れたスタッフがそろう。そんなメンバーに加わって、新たなスタートを切る木幡さん。杉浦厩舎で強い馬づくりに没頭しながら、3人の息子たちをサポートすることになる。長い間、お疲れさまでした。そして、これからもよろしくお願いいたします。

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