最後まで華あるフトシ…水戸、盟友・小島太師語る

2018.2.21 05:10

 さらば、フトシ-。騎手として、調教師として多くの名馬に携わってきた小島太調教師(70)=美浦=が、今月いっぱいで定年を迎える。中山記念のディサイファなどを送り出す今週末がいよいよ最後の競馬だ。その、華のあるホースマン生活の大半を間近で見てきたサンケイスポーツの水戸正晴記者(69)が、40年近い“盟友”との付き合いを振り返った。

 「華のある男」と呼ばれ、騎手時代から数々の名勝負をつくりファンを熱狂させてきた小島太調教師が定年を迎え、サークルを去る。一つの時代が終わるのだ…という感慨が胸をよぎり、寂しさを禁じ得ない。

 それにしても、小島太師ほど大きな足跡をこの世界に残した男は少ないのではないか。ギャンブルという側面が大きく、白い目で見られがちだった競馬を市民権を得るまでに引き上げたのが“ミスター競馬”こと野平祐二氏(故人)で、今の人気を不動のものにしたのが武豊騎手なら、スポーツと娯楽を併せ持つ競馬が大衆に愛された象徴が小島太ではなかったか。

 「最後と言ってもな…。日々同じで、仕事に没頭している。ピタッと辞めてしまったら寂しさもわいてくるんだろう。それにしても、あっという間だったな」

 名馬トキノミノルの栄光とその不慮の死を描いた映画『幻の馬』に魅せられて騎手を目指した。騎手になるには背が大きく、日々、頭のつく狭い押し入れの中で膝を抱えて寝ることで成長を抑えたのは有名な話だ。

 調教師として5つのGIを手中にしたが、やはり騎手時代の思い出が濃いという。中でも「サクラチヨノオーでのダービー制覇は格別だった」と振り返った。岡部騎手のメジロアルダンを差し返しての勝利。その裂帛(れっぱく)の気合に、アルダンが怯んだか…と見えたほどだ。

 交友の広さもよく知られる。相撲好きで、今でも八角理事長とは酒を酌み交わす仲。長嶋茂雄さんの誕生会に最初に招待された競馬人であり、王貞治さん、元巨人コーチの牧野茂さん(故人)とも親交が深かった。仏GI凱旋門賞で史上最多の5勝を挙げるL・デットーリ騎手にも「日本の兄貴」と慕われる。2002年のGIジャパンCダートを勝ったイーグルカフェは、その“兄弟”タッグでの勝利だった。

 知っていること、一度でも話したことなら、好きに書いていい、という記者との信頼関係もあった。それで競馬が盛り上がるなら、いいようにやってくれ…と、懐が深かった。阿吽(あうん)の呼吸、というやつだ。

 そのラスト重賞は、ディサイファの中山記念。「早くからここを俺とディサイファの幕引きに考えて、しっかり調整してきた。前走以上だ」と状態に自信を見せる。そして、「スタッフには感謝の気持ちでいっぱい。笑顔で締めたいね」とも。

 最後の1週間も、全身全霊で乗り切る気構えを感じた。土、日で13鞍を予定。騎手、調教師として合計でのJRA通算1500勝まであと1勝。最後の最後まで“魅せる男”である。(水戸正晴)

★ラストウイーク!土曜阪神メインに有力馬

 最終週に向けて小島太厩舎では13頭が出走態勢を整えている。全馬が確実に出走できるわけではないが、土曜阪神メインの仁川Sに挑む古豪サンマルデューク(牡9)は出走が可能。今年も東海Sで4着に奮闘するなど決め手は衰えていない。古馬500万下を予定している前走3着のトリリオネア(牡4)は優先出走権を確保。こちらもチャンスは十分だ。

★和田勇師へ引き継ぎ

 小島太厩舎のスタッフ、管理馬の多くは、3月に新規開業する和田勇介調教師(37)が引き継ぐことになった。子息の小島良太、勝三調教助手、太一騎手も和田勇厩舎に移る。また、ディサイファは、中山記念を最後に引退。生まれ故郷の北海道・日高町にあるダーレー・ジャパン・ファームでは「功労馬」という位置付けながら、血統の良さから種牡馬としての需要にも応じていく予定だ。

小島 太(こじま・ふとし)

 1947(昭和22)年4月11日生まれ、70歳。北海道出身。66年3月に騎手としてデビューし、96年2月の引退まで2度のダービー制覇(78年サクラショウリ、88年サクラチヨノオー)を含むJRA通算8474戦1024勝をマークした。96年に調教師免許を取得し、翌年に開業。マンハッタンカフェによるGI3勝を含む重賞24勝など、先週時点で通算5683戦475勝。小島太一騎手は息子。他に息子2人が自厩舎で調教助手を務めている。

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