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2016.8.29 14:19

芦毛馬初のダービー馬ウィナーズサークル死す

1989年に、芦毛馬史上初の日本ダービー優勝を果たしたウィナーズサークル。老衰のため死んだ

1989年に、芦毛馬史上初の日本ダービー優勝を果たしたウィナーズサークル。老衰のため死んだ【拡大】

 1989年のダービーを制し、同年のJRA賞最優秀4歳牡馬(現最優秀3歳牡馬)に選出されたウィナーズサークル(父シーホーク、母クリノアイバー)が8月27日、余生を送っていた東大大学院農学生命科学研究科付属牧場(茨城県笠間市)で老衰のため死んだ。30歳だった。

 同牧場で世話をしていた遠藤麻衣子さんは「30歳4カ月ちょっと。5月末に倒れたものの奇跡的に復活したのですが、この夏の暑さと高齢には勝てず、残念でなりません」と名馬の死を悼んだ。

 ウィナーズサークルは88年、美浦・松山康久厩舎からデビューした。芝で3戦後、翌89年にダートに転じて初勝利。皐月賞は7番人気で2着となり、続くダービーを郷原洋行騎手とのコンビで制した。芦毛馬、茨城県産馬の優勝は史上初めてで、菊花賞10着後に骨折が判明して種牡馬入りした。通算成績は11戦3勝。

 ◆現役時代に管理した松山康久・元調教師「(茨城県産で)生まれたときから間近で見てきたし、名前を付けさせていただいたのも僕だったので、非常に思い入れの深い馬でした。引っ掛かり癖があったので、郷原君(郷原洋行騎手)やスタッフと相談し、あり余る素質をどうやって引き出そうかと取り組みました。『絶対に諦めない』という教えを一番強烈に学んだ馬です。その後にとって、生きた教材になりました。感謝してもしきれません。ありがとう。ゆっくり休んでください」

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