【ズームアップ】馬の脚を“護る”装蹄師

2016.8.2 05:02

 競馬界の話題を取り上げる「ズームアップ」。今回は競走馬の蹄(ひづめ)を専門に取り扱う装蹄(そうてい)師を取り上げる。競走馬の能力を引き出すのは騎手や調教師の手腕によるところが大きいが、装蹄師が果たす役割もきわめて重要だ。美浦トレセンで開業して20年、関東厩舎の4分の1以上を引き受ける柿元良仁装蹄師(57)に密着。競走馬を“護る”仕事に迫った。(企画構成・板津雄志)

 装蹄師は馬の蹄を扱うスペシャリストだ。ただ蹄の管理をするだけではなく、大きければ500キロを超える競走馬の体のバランスを装蹄で調整し、故障などを未然に防ぐという点でも大きな役割を担っている。開業して20年のベテラン、柿元装蹄師が説明する。

 「蹄鉄はオーダーメードのスポーツシューズみたいなもの。下肢(腕関節から下、ひざから下)の故障は装蹄の質・技が影響してきます。馬は生き物なので千差万別。個々に合ったようにやることが必要です」

 1頭の馬の左右であっても同じ形の蹄鉄は存在しない。まずは馬が歩く姿や立ち姿を見る。「胴の長さや、ひざ、飛節、つなぎなど総合的に見ると、どこに負担がくるのかが分かる。それを装蹄で細かく調整して対処します」と柿元さん。蹄鉄は大体、3週間程度で打ち替えるが、長年の経験を踏まえ、2、3週後まで見据えて脚元のバランスを保つ。それが故障の予防、能力の開花につながる。

 柿元さんは弟子とともに、一日に多ければ26、27頭の装蹄を行う。削蹄から装蹄、歩様確認まで1頭にかかる時間はわずか20分。手際の良さとミリ単位の正確さを両立させるプロの仕事だ。

 GI2勝牝馬のメジャーエンブレムを一目見たときに「この馬は化け物になる」と見抜いた眼力も熟練のプロならでは。「体つき、皮膚の感じで、走る馬は分かる。装蹄時も落ち着いていて、全然、物おじしない。本当に2歳の牝馬かと思った」。蹄の職人は馬を見る達人でもあるのだ。

 もちろん蹄の状態が健常な馬ばかりではない。「蹄の状態が頼りないところに打てば、余計に蹄が欠けたり、落鉄したりする。蹄鉄の釘穴は決まったところに開いているが、きれいなところに打つために別の穴を作ればいい」。馬に応じた柔軟な思考も求められる。

 蹄を護るために生まれ、磨かれてきた装蹄の技術。蹄のプロが競馬を支えている。競走馬が長く無事に走り続けられるのは、装蹄師の尽力があってこそだ。

★蹄鉄の減りが早い馬

 基本的に蹄鉄の摩耗は、レースよりも普段の運動の方が大きい。走っているときは完歩が広く、地面に接している時間も長くないため、蹄鉄はあまりすり減らないという。「基本的に蹄鉄はゆっくり歩いている方が減るが、後ろ脚の減りが早い馬には走る馬が多いと思う。蹴る力が強く推進力が生まれているから。歩くときも踏み込みが深い馬が早く減りやすい。(一昨年のオークス馬)ヌーヴォレコルトはすごくきれいな歩きをする馬で、後ろ脚がぺらぺらになるくらい減る」そうだ。

★落鉄の影響は?

 今年のダービー2着馬サトノダイヤモンドが落鉄していたことは記憶に新しい。一昨年のオークスで2着だったハープスターの蹄鉄が外れかけていたのも話題になったが、落鉄の影響はどの程度あるのか。柿元さんは「取れ方によるよね。勝負どころでゴチャつき、後ろの馬に引っかけられて取れたときは影響はあると思うけど、いつ取れたか分からず馬も集中して走れているなら問題はないと思う。外れかけで走るよりは取れてしまった方がいい」と語る。1989年のジャパンCを世界レコードで制したニュージーランドのホーリックスが、ゲートの中で左後肢を落鉄していたというのはあまり知られていない話だ。

★装蹄師になるには

 装蹄教育センター(宇都宮市)で募集。試験に合格すると1年間、全寮制で授業を受ける(費用は約260万円)。講習期間中、もしくは修了後の試験に合格すると、2級認定装蹄師になれる。職務形態としてはJRA、NAR(地方競馬全国協会)、乗馬クラブなどで働く勤務装蹄師と、個人で仕事を請け負う開業装蹄師がある。新人が開業装蹄師を目指す場合はベテラン開業装蹄師への弟子入りが一般的。一人前になるには15年かかるとされる。2級取得後4年以上たつと1級の受験が可能。さらに9年以上たって、指導級認定装蹄師(弟子をとれる指導者)の受験資格を得る。美浦には現在、53人の装蹄師がおり、うち開業者は29人。定年は70歳。

★蹄鉄の規定

 JRAの規定は1本が125グラム以下で、厚さ9ミリ以下、幅22ミリ以下。アルミ製合金でできている。1頭あたりの装蹄料金は約2万円。1965年ごろまでの装蹄師は、1本の棒を焼いて曲げて穴を作る…という作業を行っていたが、現在は規定の蹄鉄を個々の馬用へ叩き直すようになった。

 以前は、太くて厚く耐久性のある「調教鉄」と、細くて軽いが耐久性に乏しい「勝負鉄(レース用)」を使い分けていた。打ち替えの必要が多く、蹄への影響が大きかったため、現在は調教、レース両方で使用可能な「兼用蹄鉄」を導入している。

柿元 良仁(かきもと・よしひと)

 1958(昭和33)年9月12日生まれ、57歳。京都府出身。父の理志(まさし)さん(故人)の影響で同じ装蹄師の道へ。77年に大井競馬場の鮫島冨雄装蹄所に入門。83年からは美浦トレセンの坂元鉄馬装蹄所に入った。96年に美浦で装蹄所を開業。弟子には次男・良美さん、三男・透さんがいる。過去に携わった著名馬はホクトベガ、ヒシアマゾン、ライスシャワー、ロジユニヴァース、メジャーエンブレムなど。

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